鎌倉ロータリークラブ設立経過報告

特別代表 兼松理

人口約96,000の都市鎌倉、幾多の名士、文化人が住んでいる鎌倉、そして「ロータリーあれこれ博士」笹部誠氏によりますとロータリアンが38名も住んで居られるそうですが、その鎌倉に今までロータリークラブが無かったのはおかしいと、皆さん誰しも思われることと存じます。正にその通りで、実は今度で三度目に実を結んだ次第なのであります。

第一回目は数年前、横浜クラブと致しまして、川崎、横須賀、藤沢に次いで鎌倉に作ってもよいのではないかと鎌倉商工会議所を通じておすすめしたのですが、結局は機が熟さなかったと申すのでしょうか、実を結ばなかったのであります。

第二回目は二年ばかり前で、鎌倉山に住んで居られる御老人から、鎌倉にロータリークラブを作りたいから参考書類を送って欲しいと横浜クラブにお問い合わせがあり、参考書も送り、具体的のことはお目にかかって御相談致しましょうと電話でお話もしたのでありますが、そのまま立ち消えになってしまったのであります。

第三回目が今度ので、鎌倉に住んで居られて、約十年前まで東京クラブの会員であった寺門徳太郎氏が、鎌倉にロータリークラブがないことを遺憾に思われ、有志を語らってR.C.設立を計画して居られましたが大体の見通しがついたのでありましょう、昨年11月半ば、横浜R.C.に相談を持ちかけて来られたのであります。

東久世氏は、鎌倉のことは鎌倉に住んでいる兼松の方が何かと事情に詳しかろうから、寺門氏から詳細をきいて欲しいとのお話で、私が寺門氏に初めてお目にかかったのが12月22日であります。

寺門氏なる御人にお目にかかってみると、横浜クラブ生みの親の井坂さんの子分で、井坂さんと一緒に横浜クラブを創立した一人である私の亡くなった父、山田真吉も御存知だというのですからまんざらご縁のないわけでもなかったのであります。

寺門氏の御計画をうかがってみると、相当進んで居り、どちらかというと半熟卵のよい頃合いを通り越して、いささかゆで卵になって居りましたが、ともあれ設立の可能性を認めましたので、直ちに12月27日の横浜R.C.の理事会に報告致しました。

横浜R.C.としてはかねてより鎌倉にR.C.の設立されることを念願していたこととて、スポンサークラブとなることを正式に受諾し、就いては誰を特別代表として田ガバナーに推薦するかということになりました。ところが先年横浜西R.C.が設立されました時、私は特別代表でもないのにほとんど毎週例会に出席し、(これには多少理由があるのですが)、特別代表のやるべき世話役をほとんどやってしまったので特別代々表という称号を奉られたのでありますが、これがいけません。兼松は特別代々表の経験者であり、かつ鎌倉に住んでいて事情に詳しい、君を置いて他に適任者はない、と半ば脅迫され、半ばおだてられて、私を推薦することに決められてしまったのであります。

私と致しましても、自分の住んでいる鎌倉市にR.C.が出来る以上は、これを何とか立派なものにするべく助力したいし、またロータリーの四大奉仕のひとつであるコミュニティー・サービスのよい機会でもあると自覚して心よくお引き受けすることに致したのであります。

時あたかも年末のことでしたので、年が明けてからということにして寺門氏と再三連絡の上、1月17日、1月30日、2月6日と3回にわたり、鎌倉及び大船に設立準備会を開催し、その都度会員候補者10名内外のお集まりを願い、第355区拡大委員の清瀬二郎氏にもお出で願って、私からはロータリークラブの概要について、また清瀬氏からは新クラブ結成に関する手続等について説明申し上げたのであります。

そして5月末、東京で開催される国際大会に出席できるよう、早く設立して、国際ロータリーの加盟承認状を得たいという、発起人寺門氏の強い意向をいれて、2月14日午後5時半より駅前「扉」三階ホールに於て、創立総会を開いたのであります。

当日は宮脇、佐久間両パストガバナー、地区拡大委員清瀬二郎氏、分区代理笹部誠氏、スポンサークラブ会長脇本悼一氏の御臨席を得、創立会員予定者34名という多数で発足することとなったのであります。そして清瀬君の迅速なる手続き処理のお陰で3月21日付で国際ロータリーの加盟承認を得られた次第であります。

創立以来私はほとんど毎週例会に出席して、機会を見ては何かとお世話して居りますが、それというのも、ロータリークラブは他の社交クラブのように、会費を納めて名前を連ねて置けばいいのとは違って、色々やかましい規則や独特の習慣がありますが、それを、どうせ会員となられた以上、一日も早く身につけてしまった方がお得であるという老婆心からであることを会員諸君は御了解願いたいと存じます。

以上、設立経過報告を終わります。

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